マイルス・デイビスとジョン・コルトレーンは、いずれも20世紀のジャズを代表する巨人だ。ふたりは26年の生まれで、マイルスは5月、コルトレーンは今日が誕生の日にあたる。存命ならそろって80歳だ。 マイルスはトランペット、コルトレーンはサックスで前人未到の地に立ったが、両人とも一時は麻薬中毒だった。「ヤクでやつれて、大酒を飲んでいるトレーンのひどい有り様を見るのは本当に嫌だった」と、先に抜け出したマイルスが述べている(『マイルス・デイビス自叙伝』宝島社文庫)。
自叙伝によれば、コルトレーンがマイルスのバンドに居た頃、怒ったマイルスが楽屋でコルトレーンを殴りクビにした。『コルトレーンの生涯』(学研M文庫)に似た場面がある。「コルトレーンはまったく無抵抗のまま、マイルスのなすがままになっていた」
やがて麻薬と手を切ってマイルスのバンドに復帰し、更には独立してバンドを持った。そして64年、伝説のアルバム「至上の愛」を録音する。
彼が「神へのささやかな贈り物」と記したこのレコードを初めて聴いた時、ジャズにはあまりなじみのない身にも、強く迫るものがあった。絞り出し、身をよじるような音の流れに、切なさを覚えた。
寺山修司が述べている。「ぼくらにとっても、白人にとっても黒人にとっても、結局全部だれにとっても、ジャズは外国人の音楽——故郷喪失の音楽だって気がした」(「ユリイカ」)。黒人にとって「異国」で生まれたジャズの核心には、そんな深い喪失感があるのかも知れない。
迈尔士·戴维斯和克尔特林·约翰·威廉,他们都是20世纪的爵士乐的代表者。2个人都是1926年出生的,迈尔士是5月份,而今天是克尔特林的生日。如果2者都还活着的话,也都有80岁了。
迈尔士在小喇叭上,克尔特林在萨克斯上都到达了前人未曾达到的境界,可是2个人也都曾暂时的吸食毒品。“看着因为毒品而憔悴的,不停酗酒的特林那可怕的样子,真的是很讨厌”,首先摆脱了毒品的迈尔士如此叙述道。(『迈尔士·戴维斯自传』宝島社文庫)。
根据自传上,克尔特林在迈尔士的乐团的时候,愤怒的迈尔士在表演的休息间殴打克尔特林。而在《克尔特林的生涯》(学研M文庫)中也有类似的场景。“克尔特林就那样毫无抵抗,迈尔士的动作也没有变化”。(觉得这句话有点怪怪的)
不久戒了毒的克尔特林回到迈尔士的乐团,之后更是成立了一个乐团。然后在64年,,录音了传说的歌曲选唱片《至上的爱》。
他在第一次听“给神的小礼物”的时候说道,如果对于爵士乐不太了解的话,也会很难受的吧。对那些像是努力挤出,扭曲身体的流泻出的声音,感到很痛苦。
寺山修司述说道。“无论是我们,还是白人,黑人,结果是对于任何人,爵士乐都是外国人的音乐——感到那是丧失故乡的音乐”(「ユリイカ」)。对于黑人来说,在“异国”诞生的爵士乐的核心里,或许也有那种很深的丧失感吧